皆さまこんにちは。
つい先日、今年はじめて廃道へ向かうことができました。2月から3月に3週間福井へ帰っていましたが、いろいろあって結局1か所しかいけませんでしたがなんとか行けたのでよかったです。
今回は前々から机上調査をしていた物件です。
近くまで行ったことはあったのですが、場所が曖昧でスルーだったのですが今回はっきりしたので向かいました。
名前を『安養寺隧道』といいます。
![イメージ 1]()
鯖江市のお隣、越前市を走る福井県道190号に『新安養寺トンネル』があります。
こちらは武生側の抗門。2003年8月23日に開通したばかりのまだ新しいトンネルです。
その脇から延びる閉鎖された道路が旧道となります。
天気は生憎の雪、今年は関東地方が大雪に見舞われ山梨では1メートル超えの積雪、首都圏の交通網は壊滅的打撃を受けるなど『大雪』というイメージがとても強かった冬となりましたが、雪国であるはずの福井は全く雪が降らない冬となりました。
この日は前日からの雪が積もったものの、それでも1カ月ぶりの積雪ということです。
昨年4月から名古屋でも2度積雪がありましたが、年に1回積もればいいほうの名古屋が積もり、福井が積もらない。今年は太平洋側がとても雪が多かったイメージです。
![イメージ 2]()
道路に雪は積もっていますが、ちゃんと舗装された道路です。
雪がなければセンターラインも残っていることでしょう。
![イメージ 3]()
沿道にはガードレールなどの遺構も残されています。まだ廃止されて10年弱の廃道ですから、まだ荒れ放題というわけではありません。
積雪とはいっても、10センチほどなので長靴で難なく歩けます。
![イメージ 4]()
しばらく歩くと右にカーブします。
もちろん、この先が隧道になります。
![イメージ 5]()
真っ白に塗られた山の中にある暗黒の世界、カーブの先にあるのが安養寺隧道です。
![イメージ 6]()
とても絵になりますな。
入口付近はコルゲート巻になっています。
雪崩対策でしょう。
![イメージ 7]()
しかし内部はこの通り。
コルゲートが終わる部分が抗門でしょうが、そこで埋められています。
私はここで引き返して日本海側へ向かいます。
![イメージ 8]()
日本海側の旧道入口は新安養寺トンネルからしばらく行ったところにあります。
こちらも足跡ひとつない雪道。
![イメージ 9]()
旧道にしては真新しいガードレールがここにはあります。
それもそのはず、新道の建設のために付け直されたのでしょう。
現道よりも上のほうを旧道は通っています。
![イメージ 10]()
旧道の真下に新安養寺トンネルの抗門が見えます。
こちらは、このすぐ上を通っています。
この先、隧道の予感…
![イメージ 11]()
こちらが安養寺隧道の抗門。やっと見ることができました。
![イメージ 12]()
とても一般的な昭和隧道の抗門。石生谷隧道と似た雰囲気がします。
竣工は1917年(大正6年)。しかし1964年(昭和39年)ごろに改修が行われ、現在の抗門があるのだろう。
これが安養寺隧道の全貌である。
…では『前編』であるのはなぜか。
単刀直入に言うと、この隧道には旧隧道が存在する。
詳しいことは後編へ。
(続く)
つい先日、今年はじめて廃道へ向かうことができました。2月から3月に3週間福井へ帰っていましたが、いろいろあって結局1か所しかいけませんでしたがなんとか行けたのでよかったです。
今回は前々から机上調査をしていた物件です。
近くまで行ったことはあったのですが、場所が曖昧でスルーだったのですが今回はっきりしたので向かいました。
名前を『安養寺隧道』といいます。
鯖江市のお隣、越前市を走る福井県道190号に『新安養寺トンネル』があります。
こちらは武生側の抗門。2003年8月23日に開通したばかりのまだ新しいトンネルです。
その脇から延びる閉鎖された道路が旧道となります。
天気は生憎の雪、今年は関東地方が大雪に見舞われ山梨では1メートル超えの積雪、首都圏の交通網は壊滅的打撃を受けるなど『大雪』というイメージがとても強かった冬となりましたが、雪国であるはずの福井は全く雪が降らない冬となりました。
この日は前日からの雪が積もったものの、それでも1カ月ぶりの積雪ということです。
昨年4月から名古屋でも2度積雪がありましたが、年に1回積もればいいほうの名古屋が積もり、福井が積もらない。今年は太平洋側がとても雪が多かったイメージです。
道路に雪は積もっていますが、ちゃんと舗装された道路です。
雪がなければセンターラインも残っていることでしょう。
沿道にはガードレールなどの遺構も残されています。まだ廃止されて10年弱の廃道ですから、まだ荒れ放題というわけではありません。
積雪とはいっても、10センチほどなので長靴で難なく歩けます。
しばらく歩くと右にカーブします。
もちろん、この先が隧道になります。
真っ白に塗られた山の中にある暗黒の世界、カーブの先にあるのが安養寺隧道です。
とても絵になりますな。
入口付近はコルゲート巻になっています。
雪崩対策でしょう。
しかし内部はこの通り。
コルゲートが終わる部分が抗門でしょうが、そこで埋められています。
私はここで引き返して日本海側へ向かいます。
日本海側の旧道入口は新安養寺トンネルからしばらく行ったところにあります。
こちらも足跡ひとつない雪道。
旧道にしては真新しいガードレールがここにはあります。
それもそのはず、新道の建設のために付け直されたのでしょう。
現道よりも上のほうを旧道は通っています。
旧道の真下に新安養寺トンネルの抗門が見えます。
こちらは、このすぐ上を通っています。
この先、隧道の予感…
こちらが安養寺隧道の抗門。やっと見ることができました。
とても一般的な昭和隧道の抗門。石生谷隧道と似た雰囲気がします。
竣工は1917年(大正6年)。しかし1964年(昭和39年)ごろに改修が行われ、現在の抗門があるのだろう。
これが安養寺隧道の全貌である。
…では『前編』であるのはなぜか。
単刀直入に言うと、この隧道には旧隧道が存在する。
詳しいことは後編へ。
(続く)